台湾漫遊鉄道のふたり』から『四維街一号に暮らす五人』へ


【角田光代×楊双子】台湾文学が照らす“消された歴史”──『台湾漫遊鉄道のふたり』から『四維街一号に暮らす五人』へ


『台湾漫遊鉄道のふたり』で人気の台湾の小説家「〈楊双子〉は30歳でがんで逝った双子の妹との共同ペンネーム。

消されてしまった台湾の歴史を辿って」 【角田光代×楊双子】小説『四維街一号に暮らす五人』刊行記念トークイベント<前編> 角田光代 楊双子 印刷 X Facebook 作家 小説 海外 イベント トークイベントを行った、楊双子さん(左)と角田光代さん(右)(撮影:岸隆子〈Elenish〉) すべての写真を見る 台湾で話題の小説『四維街一号に暮らす五人』の日本版刊行にあたり、去る8月23日に台北駐日経済文化代表処台湾文化センター(東京・虎ノ門)で、著者の楊双子さんと作家の角田光代さんのトークイベントが行われました。


初顔合わせのお二人でしたが、歴史、ジェンダー、食などさまざまに話題が広がって――(構成:篠藤ゆり 撮影:岸隆子〈Elenish〉) エンターテインメントとして読者に問いかける 角田 今日は、お会いできることを楽しみにしてきました。 楊 こちらこそ、お会いできて嬉しいです。


 角田 私は毎年、雑誌や新聞など複数の媒体で「今年の3冊」の選書を頼まれることがよくあります。メディアごとに違う作品を紹介するよう心がけているのですが、2023年はどの媒体でも楊さんの小説『台湾漫遊鉄道のふたり』を紹介せずにはいられませんでした。


もう、打ちのめされるくらい面白かったので。 楊 ありがとうございます。 角田 そうしたら、あれよあれよという間に「日本翻訳大賞」や「全米図書賞〈翻訳文学部門〉」を受賞なさったので、「そうでしょ。面白いでしょ」と誇らしい気持ちでいっぱいになりました(笑)。


 ですから、今年も楊さんの『四維街(しいがい)一号に暮らす五人』が日本で翻訳出版され、こうしてお話しする機会に恵まれたことが、泣きそうなくらい本当に嬉しいです。


 楊 私は日本の小説をたくさん読んできました。

角田さんのような方からお褒めの言葉をいただいて光栄です。

 エンタメとして読者に問いかける 角田 実は最初、『台湾漫遊鉄道~』は表紙の可愛らしさに惹かれて手に取りました。


帯に「台湾グルメ×百合×鉄道旅」と軽やかな言葉が並んでいましたが、読んでみたら非常に深いテーマで、しかも予想もしないところに話が進んでいくことに驚いて。 もちろん、美味しい食べものもたくさん出てくるし、台湾各地を巡る旅の様子も楽しい。


けれど、その奥に「差別とはどういうものなのか」「植民地支配とはどういうことなのか」が書かれていました。


 楊 私も日本の漫画や映画が好きですし、近年、日本と台湾はとても密接な関係にあります。でも歴史を振り返ると、日本と台湾は「統治者と被統治者」の関係でした。


外来の政権に統治されてきた台湾の歴史は、台湾人のなかでも世代によって認識や捉え方がさまざまです。

 だからこそ歴史を知り、考えていくためにも、私はエンターテインメントとして読者に問いかけるのがいいのではないかと思い、この小説を書きました。そこで、読者に興味をもってもらうために、美食や百合という要素を加えることにしたのです。


 角田 なるほど。 楊 それと、『台湾漫遊鉄道~』の前に『花開時節』という長篇作品があるのですが、二人の女学生が主人公で、こちらも日本統治時代を舞台にした話です。


 当時は、女学生が旅行するのは難しかったので、次の作品では1930年代に女性が旅する話を書いてみたいと思いました。

それが、旅行をテーマのひとつにした理由です。そういえば、『花開時節』には『婦人公論』が登場しているんですよ。


 『四維街一号に暮らす五人』(著:楊双子/中央公論新社)2090円(税込) 古い日式建築の女性専用シェアハウス・四維街一号。酒呑みの大家に見守られながら、1階はBL作家の知衣と聡明でモテる小鳳、2階は苦学生の家家とシャイな乃云が住む。100年前の料理レシピの出現によって、ワケあり住人たちが味わう未知の痛みと台湾料理の物語 角田 そうなんですか!? 楊 既婚女性が図書館で日本の雑誌を読むシーンを書くために、100年前にどんな雑誌があったのかを調べていたんです。


そうしたら、『婦人公論』が出版されていたことを知りました。


 角田 すごいリサーチ力! 話は戻りますが、30年代を舞台にした『台湾漫遊鉄道~』の主人公のひとり日本人の青山千鶴子は、当時としてはリベラルな考えをもった人といえます。それでも言動の端々に、無意識のうちの差別が滲み出てしまう。


 もうひとりの主人公・台湾人女性の王千鶴は、そんな千鶴子に違和感を抱き、二人の関係はすれ違い続けます。非常に細かい感情のやりとりが緻密に描かれていて、圧倒されました。 楊 青山千鶴子の人物像は、作家の林芙美子をはじめ、植民地時代に台湾を訪れた日本人作家たちが書いたものを読んで参考にしています。


たとえば、佐藤春夫や西川満などです。台湾に対してどんな考えをもっていたのか、旅はどんな様子だったのかなど、文字や表現から伝わってくる調子や意味合いを千鶴子に投影しました。


 そして、小津安二郎の映画で日本式家屋での生活の描かれ方も参考にしましたね。


そんなふうにピースを集めて、パズルのように組み立てていきました。


 角田 そうでしたか。王千鶴さんにもモデルはいるのですか?


 楊 はい。日本統治時代に、台湾初の女性新聞記者となった楊千鶴です。


「日本人よりも美しい日本語を書き、衣食住は台湾らしさを守る」という信念をもった人だったのですが、現代の台湾ではあまり知られておらず、ぜひ登場させたいと思っていました。 


「日本では近年、女性たちの連帯を表す〈シスターフッド〉という言葉が使われるようになり、そうしたテーマを扱う作品も増えています。


台湾の百合小説は、それに近いのかなと思いました」(角田さん) すべての写真を見る 百合とシスターフッド 角田 ところで、楊さんが台湾の歴史を題材に小説を書こうと思ったのはなぜなのでしょうか。

 楊 14年に国民党政府が中国と結ぼうとした「サービス貿易協定」に反対する若者たちが、「三一八運動」を起こしました。


 角田 日本では、「ひまわり学生運動」という名前で知られていますね。 楊 ええ。


中国と台湾が互いの市場を開放して貿易を拡大することを狙った政策ですが、国同士の関係が強化されることで、中国から台湾への干渉が再び強まるのではないかという懸念がきっかけとなった運動でした


。 この時、私と同年代の人たちのなかで「台湾と中国の違い」や「台湾にしかないもの」をそれぞれの角度から探求する流れが生まれたのです。


そこで私は「歴史」をテーマに選ぶことにしました。 角田 台湾での歴史教育はどういったものなのでしょうか。


 楊 太平洋戦争終結後、国共内戦で共産党に敗れた国民党が中国本土から渡ってきたことで、台湾人は中国本土の歴史が台湾の歴史であるかのように教えられました。


それによって、1945年より前の台湾の歴史は消されてしまった。


 だからこそ私は本当の台湾史、なかでも1895~1945年の日本統治時代に台湾の女性たちがどう生きていたのかを知りたいと思ったのです。


 角田 女性たちの暮らしを調べる作業は大変だったのではないでしょうか。 楊 ペンネームの「楊双子」は、姉である私、楊若慈(ヤンルオヅー)と双子の妹・若暉(ルオホイ)の共同ペンネームです。文学が専門の私と、歴史の専門家である妹の二人で論文や資料、小説、日記などを集め、時間をかけて調べました。


 妹は30歳のときにがんで亡くなってしまいましたが、日本語文献の翻訳も担当してくれていたんですよ。


 角田 二人の共同作業だったのですね。ところで、楊さんの小説は「百合小説」とも呼ばれています。

 日本で「百合」という言葉は〈女性同士の恋愛〉という意味をもっていますが、楊さんの小説はその概念とは少し違うな、と思うのですが。


 楊 台湾では、レズビアン小説を含むLGBTQ文学を「同志文学」と呼び、80年代から発表されてきました。


一方、「百合」という言葉が台湾で使われるようになったのは2004年頃で、比較的新しいものです。


 私が考える百合とは、女性同士の友情から性愛までのあらゆる関係性の中で互いが成長していくことなので、日本で使われている意味とは確かに異なりますね。 


角田 日本では近年、女性たちの連帯を表す〈シスターフッド〉という言葉が使われるようになり、そうしたテーマを扱う作品も増えています。

台湾の百合小説は、それに近いのかなと思いました。

 楊 そうですね。

 かつて台湾では、歴史小説はほとんど書かれてきませんでした。そこで、「歴史百合小説」という新しいジャンルを生み出すことにしたのです。

 角田 台湾は、アジアで初めて同性婚が法制化されたり、ジェンダーレストイレがどんどん普及したりしていますね。

 楊 はい。そういえば資料を探すなかで、1920~70年代に活躍した作家・吉屋信子の『花物語』の存在を知り、日本ではこんな昔からシスターフッドについて書かれた作品があったのかと驚きました。

台湾でもだんだんと興味をもつ人が増え、去年『花物語』が翻訳出版されたんですよ。


 角田 私は何度か台湾を訪れていますが、この20年ですごく進化していると感じます。


そうした社会の変化に小説が寄与した面はあるのでしょうか? 

それとも、社会の変化に伴って小説もどんどん自由になっていくのか、そのあたりの関係をぜひ知りたいです。


 楊 小説の進化と社会の進化は、互いに影響し合うものだと思っています。


たとえば台湾では、90年代にBL小説・漫画がすごく流行ったのですが、そのBL漫画愛好者のグループがレインボーパレード(性的マイノリティの権利や差別解消などを求める運動)に参加するという流れも生まれていますから。


 <後編につづく> ※「楊双子×角田光代トークイベント」の内容を再編集しています 【関連記事】 台湾の人気小説家・楊双子「〈夜中にこの本を読まないほうがいい。


お腹が空くから〉という感想も」角田光代「食べてみたいな、と思いながら読みました」 70回以上通った台湾へ、人生初の聖地巡礼に。声優・作家の池澤春菜さんが体験した『四維街一号に暮らす五人』の世界。


屋台で潤餅を買おうとしたらまさかの… 『台湾漫遊鉄道のふたり』が2024年全米図書賞、翻訳部門受賞!著者・楊双子が古内一絵と語った執筆背景「若い世代に、自分たちの歴史を伝えていきたい」 四維街一号に暮らす五人

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【角田光代×楊双子】台湾文学が照らす“消された歴史”──『台湾漫遊鉄道のふたり』から『四維街一号に暮らす五人』へ


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『台湾漫遊鉄道のふたり』で日本でも大きな注目を集め、
📚日本翻訳大賞、🏆**全米図書賞〈翻訳文学部門〉**を受賞した台湾の人気作家・楊双子

その名前は、✍️30歳でがんのため亡くなった双子の妹とともに紡いできた
**“共同ペンネーム”**でもある。

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日本統治時代を含む、消されてしまった台湾の歴史
とりわけ、記録に残りにくかった女性たちの生を、
🍜鉄道旅や🍡食、🤝百合(シスターフッド)という
エンターテインメントの形で描き出してきた。

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2024年8月23日、東京・虎ノ門の台湾文化センターで行われた
小説『四維街一号に暮らす五人』日本版刊行記念トークイベントでは、
作家・角田光代との初対談が実現。

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歴史、ジェンダー、言葉、そして物語の力――
ふたりの作家が語り合った、
「物語で歴史を取り戻す」ための静かで熱い対話をお届けする。

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